螺旋の終わり


「貴女が・・・貴女ががやっているのは、安酒のように、偽りの希望に人々を酔わせているだけだ!」
 感情そのものをたたき付けるようなアーロンの怒声に、ユウナレスカはゆっくりと振り向いた。
「・・・そう、シンを・・・倒したのね。また、ナギ節が訪れるわ。
 よくやったわ。本当に、ご苦労様・・・・」
「話をそらすな!!」
 刃渡り三尺を超える愛用の太刀を、ついに抜き放つアーロン。
 これまであがめてきた相手に、刃を向ける緊張か。
 いや、おそらくは、この世界を巡り、埋め尽くしている「理不尽」への怒り、
その代表(になってしまった)ユウナレスカへの怒りだろう。
「ブラスカには幼い娘がいた!ジェクトには別世界に残してきた家族がいた!!」
 抜きはなった刃を、力をため込むように右八相に構える。
「いままで・・・いままで、無数の召還師とガード達が、命を捨てきた。
 自分の愛するもののために・・・自分の守りたいもののために!!
 それは、エボンの作り出した幻想のためだったのか!!!」
 ユウナレスカは、その美しい眉を伏せたまま、反論もせずに、アーロンの
吹き荒れる怒りの言葉を聞いていた。それが、自らに科せられた義務だとでも言うように。
 
「それでも・・・それ以上のことは、私には、できなかった・・・」
 アーロンは、剣先は微動だにさせず、それでも意外さを禁じ得ない表情を浮かべた。
 以前に、ブラスカ・ジェクトとともにきたときの、冷たい傲慢さから、微細な
疲れが、一瞬のぞいたようにおもえたのである。
「だから、私は・・・・一番愛しいもの、一番信頼できるもの・・・・
 一番守りたかったものを・・・・究極召還に捧げた・・・・」
 そして、ゆっくりと視線をあげると、静かにアローンを見つめた。
「少しの間でも良い、自分たちの子供の世代が成長するときまで・・・
 一時でも、平穏をもたらしたいから・・・・」
 アーロンは、頭蓋の内側に響き渡った衝撃に、危うく太刀を取り落としかかって、
柄糸を握りなおした。
(それでは・・・それでは、一緒じゃないか!!)
 愛する娘が、成長するまでの間の平和を願ったブラスカと。
 愛する家族と離れても、スピラに一時の平穏を願ったジェクトと。
「私と、同じ気持ちのものだけが、究極召還を手に入れた。そうではないかしら?」
「違う、違う!違う!!」
 アーロンは、自らの弱気を振り払うように、腹の底から叫んだ。
「貴女は、命を捨てて、希望を求める人間を利用した!まやかしの安らぎで、
新しい考えを持たせなかっただけだ!」
 ユウナレスカは、少し寂しげにほほえんでみせた。
「そうかもれしない・・・・」
「もはや、語りません!俺は・・・俺の誓いを果たすだけです!!」
 アーロンの、若々しい四肢が、力を込めてぐっとたわんだ。
 ユウナレスカも、応じるように、その両手を静かに広げた。
「さあ、来なさい、青年・・・」
 裸同然の極小の布地をまとったその肢体を誇示するように、背筋を伸ばして
胸を張ったその姿に、一瞬、アーロンは見とれた。
(綺麗だ・・・)
(ば・・・馬鹿な!スピラに死の螺旋をもたらした原因の一端が・・・憎むべき
仇敵が、美しいはずがない!!)
 一瞬、頭を振ると、迷いを断ち切るように獅子吼した。
「ユウナレスカ殿・・・覚悟!!!」
 小技は必要ない。相手は、最強の召還師の一人、ユウナレスカである。
 ただ一撃、渾身の、自分のもてる最高の一撃を!
「ぬんっ!!!」
 突進、跳躍、斬撃が、完全に連動した一瞬だった。
 征伐!!
 生涯の力をここで傾けたような気合いを込めた一刀が、ユウナレスカの首筋に
降りかかった。

 閃光!
 手の内がふるえるほどの手応えとともに、太刀は振り下ろされた。
振り下ろすその手応えに、生涯最高の一撃を確信した。
 だが・・・
 ユウナレスカの眼前で、その剣先は、目もくらむような荒れ狂う光とともに、
見えない壁に阻まれていた。ユウナレスカが、これもまた、渾身の力を込めて
その剣先を魔力で押しとどめていたのである。
「ぬああああああ!!!」
 アーロンは、奥歯を食いしばり、両手の小指から柄を絞り込んで、その障壁を
叩ききろうと力を奮い起こした。古風な赤い衣装の隙間からのぞく腕には、
ぎりっ、ぎりっと筋肉の筋が浮き、ぶるぶると全身が震えている。
「・・・・・・」
 ユウナレスカは、無言のまま、こちらも全霊を奮い起こして障壁を強化している。
 その一瞬、アーロンの脳裏を、二人の仲間の笑顔がかすめた。

「ガキと、ニョウボに、みせてやりてえからな・・・・」
「アーロン・・・ユウナを、頼む・・・・」

「くあああああ!!!」
 このまま命も燃え尽きろ、とアーロンが全身で咆哮した。
 その瞬間、手応えががくんと軽くなった。
 そして、障壁は見事に両断された。
 勢い余った太刀が、重い音を立てて、地面を噛んだ。

「・・・おしかったな、青年。」
 勝ち誇るでもなく、ただ、淡々と事実を指摘する口調で、ユウナレスカが言った。
その、さらさらと髪になびいていた美しい、腰まで届く髪の一房が切り落とされていた。
アーロンの、魂を込めたとさえ言える一撃は・・・障壁を見事に切り裂いた。だが、
その分・・・ほんの切っ先三寸だけ、伸びが減殺されたのだ。
 あとほんの8.9p、刃の軌道が延びていたならば、ユウナレスカの美しい首筋は、
両断されていたはずだった。
 絶望に覆われかけたアーロンは、それでも、地面に食い込んだ太刀に両手をかけ・・・
その重さにぐらりとよろけた。
 手足となるほど扱いなれた太刀さえ、もてないほどに全身が疲労している。
「まだ・・・まだだっ・・・!」
 かろうじて地面から抜き、ようやく脇構えに引き寄せる。その瞬間・・・
それだけで美術品のように見えるユウナレスカの手が・・・下段から、ムチのように
振り上げられるのが、凍り付いた視界にうつった。

 大きな氷が砕け散るような澄み切った音ともに、全身を激痛と衝撃が襲った。
自分の体が宙を飛び、壁か、床か・・・ともかく、堅いものに叩きつけられる。
のどをせり上がってきた苦いものを吐き出すと、鉄臭い匂いが広がった。吐血したらしい。
(肺か・・胃が破れたな・・・)
 全身を縦に貫く激痛の中、ひどく冷静にアーロンは考えた。何とか目をこじ開ける・・・
片目は開かない。もう片目も、血が入ったのか、それともすでに自分が血塗れなのか・・・
赤以外の色彩は認識できない。
 ユウナレスカの一撃そのものはかろうじてかわしたものの、伴った魔力に、刀傷のように
顔面を切り裂かれ、暴風のように吹き飛ばされたらしい。
 無意識に太刀を探して、右手が床をむなしく探る。そのとき、遠くで鋭い金属音。
必死に残った片目でそちらをにらむと、こちらに、静かに近づいてくるユウナレスカと、
その背後・・・部屋の隅の床に深々と突き刺さった太刀が見えた。持ち主同様、
高々と宙を舞っていたらしい。
「・・・むっ・・・
 無念だ・・・・」
 もう、疲労と衝撃で、全身が動かない。残された力のすべてを、言葉にそそいだ。
 頬を、涙が落ちていくのがわかった。
(すまん、ブラスカ。すまん、ジェクト・・・)
 少しも急がず、ゆっくり、着実に、ユウナレスカが近づいてくる。
(これが、俺の・・・死か・・・)
 自分の物語は・・・ここで、終わる。


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