「おやつの真価」

6.
 そこで、刃物のように細めた横目で、水銀燈をちろりと見やる。
「水銀燈・・・貴女、殿方に愛を囁いてもらったことは?」
「・・・・」
「その熱い思いを、告白していただいたこと・・・もしかして、無いの?」
「わっ、私はぁ!ただ、アリスになる、そのことだけを目指してぇ・・・!!」
「あらあら・・・殿方の愛も引き寄せられないのに、至高の乙女に、なれるのかしら?」
「しっ、しっ、真紅ゥウウウ!」
 くるりともう一度回転する真紅の横顔を、二種類の人工精霊の光が、華やかに彩る。
「そう・・・ジュンは、その愛情と欲望を・・・私を汚したくない一心で、必死に
 抑えているの。いじらしい少年だわ。」
 すさまじい殺気をこめてにらみつけてくる水銀燈の背後に、一瞬で回り込んだ真紅。
両手で、水銀燈の肩を静かに押さえると、背中から、その耳に唇が触れるほど近づいて、
囁きかける。
「水銀燈・・・」
「ひゃっ!?」
「ジュンは、その欲望に身を焼きながら、必死に我慢しているの。
 本当は、すぐにでも、私の、このドレスをめくりあげ、引き裂いて、この肌を
 思う存分に、汚し尽くしたいと思っているのに・・・」
「な、何を・・・」
 何故か、耳まで真っ赤になってうつむく水銀燈の耳に、さらに吐息のようなささやき
を送り込む真紅。
「その、神工のような繊細な指で、私の身体の、隅々まで、巧みに愛撫して・・・
私のはしたない熱いあえぎを、その柔らかい唇で吸い取って・・・
 私の身体の全ての部分を、その指と唇で、快感で洗い流すの・・・
 そして・・・まだ幼い男性で、私の、私の純潔を・・・・」
「きゃーっ!きゃーっ!!!」


7.
何故か思わず耳をふさいで逃げ出そうとする水銀燈を背後からがっちりとフルネルソンに
極めてささやき続ける真紅。
「でも・・・私を思いやり、慕う心は、その欲望より大きいの・・・だから、彼は、
その指で・・・毎晩、自分を慰めて・・・でも、私が笑顔を向けると、その自制心も、時折揺らいで・・・」
「きゃーっ!きゃーっ!!!」
 これも、例に漏れず、実際には、テレビを見るときには、必ずジュンに抱っこして
もらって、さりげなく、自分の胸や腰にジュンの手を導いていたりする。
 そして、気付いて、あわててずらそうとするジュンを、時折、不思議そうに見上げてみたり、
ちょうど良い位置にあるジュンのズボンの股間に、さりげなく自分のお尻を押しつけ、こすり、
柔らかく体重をかけたりするのであった。
 そのうえ、要所要所で、ジュンの手や腕に、頬をそっとすり寄せて、甘やかにため息を
漏らしてみたりする。
 少女の外見でも、実際は長い長い年月を体験した(歴戦の戦士)の技であった。
 さらに、深夜にそうっと起き出しては、毎夜毎夜、熟睡中のジュンの耳元で、
公共の放送では消して流せないような過激な単語が満載の、悩ましい物語を
(当然、配役は真紅とジュンである)ささやき続けているのである。
 思春期にさしかかり始めて、人生で一番性欲の強い時期の少年には、少し酷すぎる
責めに、ジュンは、認めたくない(暴発)の後は、自己嫌悪に陥りながらの「事故処理」
を行っているということなのだが・・・
 そこで、ふいに、ぱっと手を離す真紅。勢い余って盛大に地面に顔面をたたき付ける水銀燈。
「いっ・・・いったぁい・・・」
 ようやく身体を起こし、半泣きで鼻を押さえる水銀燈を見下ろして、穏やかに勝ち誇る真紅。
「そう。幸せな、今、とても幸せな私は・・・
 もう、アリスだけを追い続けなくても、いいような気がするのだわ。」

8.
「な、何言ってるのぉぉぉ!!!」
 あっさり自分の存在意義を否定する真紅に、絶叫する水銀燈。
「だから、その、私を愛してやまない下僕のために、彼が整えてくれるおやつの時間は、
 貴女を壊してあげることなんかより、ずっとずっと大切なの。」
 そして、水銀燈を見下ろして、冷たく勝ち誇る。
「ジュンは・・・まだまだ未熟な少年だけれど。でも、その愛情の深さには、こたえてあげなくてはね。
 今日のおやつは、ジュンが焼いてくれたマドレーヌと、ジュンが入れてくれたアールグレイ。
 私のために、私だけのために、用意してくれるのだもの。」
 あっさりと他の三人の姉妹を無視する真紅。しかも、そうしないと、毎晩、呪いの人形よろしく、
ベッドに入ったジュンを無表情ににらみ続けて嫌がらせをするのであるが。
「ジュンは、私を膝の上に抱き上げて、その手で、私に取り分けてくれるのだわ。
 私の肌への渇望を、必死に抑えながら・・・」
 地面に両手をついた姿勢の水銀燈のうえにかがみ込んで、追い打ちをかける真紅。
「その後は・・・優しい手で、私のこの髪を、丁寧に、丁寧に梳ってくれるの。
 私があまりの心地よさに、まどろんでいると・・・自分の寝台に、そっと寝かせてくれたわ・・・」
 耳をふさぐことすら許さずに、続けられる声。
「そして・・・私の寝顔を見つめて・・・その想いに耐えきれなくなって・・・それでも、必死に押さえ込んで、
 私の唇に、ほんの少しだけキスをして・・・私を守るように、寄り添って、一緒にまどろむの・・・
 ふふふ、寝顔は、本当に、無邪気で、綺麗なのだわ。」
 これも、昼寝をしているジュンの足下から匍匐前進で進入して、その寝顔を淑女らしからぬ
執拗さで鑑賞し、我慢出来ずにキスをかましたところで相手が起きかけたので、ネジが切れたフリをして
ごまかしたのであるが。


9.
そして、ようやく身体を起こすと、とどめの一言を投げつける。
「じゃあ、さようなら、水銀燈。
 誰にも愛されたことのない、可哀想な、私の姉妹・・・」
 淑女らしいしとやかな歩みで静かに立ち去りかけ、ふと懐中時計を取り出して、目を剥く真紅。
いまだに照明役に徹していたホーリエを蹴り飛ばすと、力強いストライドでかけ去ってしまった。

 地面に両手を付いて、ぼろぼろと大粒の涙を流していたせいで、そのシーンは見ずに済んだ水銀燈。
「ああ・・・おとう・・・さま・・・
 なんで・・・・
 わたしは・・・だれもよりも・・・・おとうさま・・を・・・・」
 透明な涙が、宝石のように流れ落ち、地面に吸い込まれていく。
 慰めるように、ちかちかと瞬いて周囲を巡るメイメイが、不意に、思い切り握りつぶされた。
「しっ・・・・
 しぃんくゥウウウウウウ!!!」
 すさまじいまでの嫉妬に、その瞳が、激しく、冷たい光を放っていた。

「・・・・なんだろ?」
 不意に襲われた悪寒に、背筋を振るわせる桜田ジュン。
「・・・ちょっと、あまり動かないで。せっかくの紅茶がこぼれるわ。」
「だから、なんで、わざわざ膝の上で・・・・」
「あらあらぁ、真紅ちゃんったら、甘えん坊さんなのねぇ。」
「ああーん、ヒナも、ヒナもぉ!!」
「ふん、チビ人間に抱き上げられて、何が楽しいのか、さっぱりわからんですぅ。
 理解不能ですぅ!」

10.
「もしかして、君もしてほしいの、翠星石?」
「はーい、ヒナちゃんは、私が抱っこしてあげますからねぇー。」
「わーい、のりに抱っこぉ!」
 一家揃って午後のおやつを楽しんでいる、桜田家一同。

 ただ、次の日、何故か全裸でミイラ化寸前まで衰弱したジュンが発見されて、
開闢以来のパニックに陥るのであるが、それは別のお話。



「・・・・はぁ・・・・」
 まだ熱さの残った身体の余熱を逃がすように、そうっとため息を漏らす水銀燈。
「・・・・たしかに、アリスゲームより・・・
 大切なものなのかもしれないわねぇ・・・
 ねぇ、メイメイ?」
 乱れた服を丁寧に直しながら、ぽぅっとした表情で、つぶやくのだった。
「また、あいにいきましょう・・・・」


おやつの真価 完

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