超・私的貞子SS「いっしょに。」
第一部


「・・・・・あの・・・・」
「?」
 しばらくの間の沈黙。
「困るん、ですけど・・・・」
「・・・?」
 目の前50pの距離の、穏やかに笑っている青年を目の前にして、
彼女は、困り果てていた。
「・・・何が、困るのかな?」
「ええと・・・ビデオ、見ましたよね?」
「うん、見たけど。」
「内容、覚えてますよね。」
「うん、全部。」


 彼女・・・濡れたような長い黒髪で、顔を半ば隠したような女性・・・
年齢は、10代後半から20代初めほどだろうか・・・は、その返答を
聞いて、ますます困ったように眉を寄せる。
「あの、貴方、おまじない、しなかったですよね。」
「うん。一応全部調べてみたけど。ダビングもしてないし、人にも見せてないよ。」
「知ってて、やらなかったんですか?」
「知り合いじゅうに、メールと電話とFAX回したよ。それで悩んでたやつらには、
ダビングしたものを全部、こっちにおくってもらった。
 いやあ、全部見るのは苦労したよ。」
 その青年の指さす先には、ビデオテープが50本ほど転がっている。
「・・・わかってて、見たんですか?」
「まあ、一応ね。」
「驚かないんですね。」
「いやあ、驚いてるよ。そうは見えないかもしれないけど。」


 その黒髪の少女・・・貞子は、ますます困って、辺りを見回した。
「呪いのビデオ」を見て、7日。人にビデオをダビングして見せて、
チェーンメールのように「呪い」を連鎖させる「おまじない」をしない限り、
7日目、呪いによってビデオを見た人は殺される。
 目の前の青年は、それを全て知っていた。もしかして、以前の事件の
関係者なのだろうか。なのに、知人達のビデオまで引き受けたという。
最初から信じていなかったのか、それとも、決死の覚悟で他の人をかばったのか・・・
そのわりには、目の前の青年の表情は、ひどく穏やかで、気負いや、覚悟といったものは
感じさせない。
 だから、その少女・・・目の前の人間を呪い殺しに来たはずの、貞子は、
困り果てていた。

 電源の入っていないテレビに不意に砂嵐がうつり、そして、突然、
この世で一番見たくないはずの画像がうつり始める。恐怖と混乱の中で、
おびえる被害者に、テレビの中からずるっ、ずるっ、と這い出し、迫っていく。



大抵は、それを見ただけで恐怖で狂い死ぬ。それでもまだ息がある人間は、
両手を伸ばして首にかけ・・・・
 今まで、何度もやってきたことだ。
 だが、今日は・・・

(時間だ・・・・)
 貞子は、「窓」に手をかけ、ゆっくりと身体を引きずって、その中に這って
いった。相手の部屋では、テレビに、私の顔が映り、そして、両手がモニターの
中から伸びてくるのが見えているだろう。
 井戸の中を落下していく、あのときの情景を思い出して、恨みを、悲しみを
かき立てる。その感情を、顔全体から吹き出させ、ずっ、ずっ、と、テレビの中から
這い出していく。
 そこに、彼はいた。


「や、ようこそ。待っていたよ。」
 晩餐に呼んだ友人を待っていたように、ほがらかに微笑んで、そっと手を伸ばしてきた。
そして、のばしていた自分の手をそっと握ると、乗り物に乗るのを手伝うように、手を
貸してくれた。
 あまりのことに、唖然として手を貸してもらってしまって、そのまま、テレビの前に
すとんと座り込んでしまった。
 そして、先ほどの場面となる。
 穏やかに微笑む青年を前に、貞子は、まだ、困り果てていた。

「あの・・・」
「なに?」
「やっぱり、困るんですけど・・・・」
「・・・」
 もう一度、貞子は、言ってみた。


「私、貴方を、呪い殺しに来たんですけど。」
「うん、調べたから、知っているよ。」
「なんで、怖がらないんですか?」
 貞子は、何故か、必死になっていた。
「あー。そうか。ごめんごめん、せっかく出てきてくれたのに、怖がらなかったら、
失礼だよねえ。」
「何言ってるんですか!そういうことじゃなくて・・・・」
「ごめんね、俺、怖がる必要がないんだ。」
「・・・え?」
 思わずどきんとして、見返した貞子に、目の前の青年は、ちょっと苦笑して見せた。
「俺、ガンなの。どうも、あっちこっちに転移しているらしくてさ。どのみち、
遠くないうちに死んじゃうから。」
 あっさりと、新学期の自己紹介をするときのように、その青年は言った。
「え・・・」
「いや、今は、一応、小康状態なんだけどね。多分、あと2ヶ月持たないんじゃないかなあ・・・」
「そ、そんな・・・」
「だから、わがまま言って、自宅療養にさせてもらってるんだ。」
「・・・・・」
 絶句した貞子に向かって、青年はもう一度笑ってみせると、大きく伸びをした。

 青年は、それから、簡単に自己紹介をした。
 名前は、木崎一正。年齢は27才。職業は、在宅のプログラマーだった。
 妻や子供はいない。両親は、10代の頃交通事故で亡くなった。兄弟もいない。
 もともと、あまり身体は良い方ではなかったが、原因がいまいちよくわからない肺ガン
からあちこちに転移し、余命3ヶ月と診断されたらしい。

「いや、10才になる前からヘビースモーカーだったせいだろうけどね。一日3箱は
かるかったからなあ・・・まさに自業自得だねえ。」

 告知を受けてしばらくは、何をやる気も起きず、自暴自棄になっていたが、ようやく
気持ちの整理が付き、身辺を整理し、ガン保険金も受け取り、ささやかな遺産は、半分を
自分のために使うことにして、半分はかつて、自分がいた施設に寄付した。


「それから、飲む、打つ、買うでだいぶ遊ばせてもらったあと、あちこち旅行でめぐった。」

 心残りのないように、旅行三昧で過ごすうちに、立ち寄った旅行先で、呪いのビデオのことを
知ったのだという。
 面白い、と、闘志を燃やした。自分の人生の、最後の事件としては、上等だ。
 事件のほぼ全てを調べ終わると同時に、関連している人たち全てに連絡を取り、
生きている人からはダビングしたビデオを受け取り、亡くなった人からは遺品としてビデオを
受け取って焼却した。
 そして、今日、紅茶をすすりながら、貞子をのんびりと待っていたのだそうだ。

「ああ、ごめん!!寒かっただろ!?」
 呆然と、青年・・・木崎の話を聞いていた貞子は、不意に、ふわっとしたものに包まれて
悲鳴を上げた。
「うわ・・・きゃんっ!!!」
 そのまま、びっくりして後ろに倒れてしまった・・・と思った瞬間、支えられた。
 目の前の視界をふさぐ、柔らかくていい匂いのするものが、大きな厚手のタオルらしいと
わかったとき、そのタオルが、そっと、自分の顔を拭いてくれているのに気づいた。
目を閉じて、されるがままになっていると、首筋や、たっぷりと水を吸った髪も、丁寧に
拭いていってくれた。優しいその手つきに、そっとため息をつく。
(どれぐらいぶりだろう、他の人に、何かしてもらうのは・・・)


「はい、おしまい。」
「あ、ありがとうございます・・・・」
「あ、すっかりわすれてた。お風呂、沸いてるから、はいってきなよ。」
 お風呂!?
「え、あ、そんな、悪いです!」
 木崎は、それをきいて大笑いする。きょとんとする貞子の目の前で、涙まで浮かべて
わらいつづけると、苦しそうに言った。
「君、俺を呪い殺しに来たんだろ?命を取ろうってのに、お風呂借りるぐらいで、
(悪いです)って・・・・」
「そ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか!!」
 思わず、ふくれてそっぽを向く貞子に、木崎が朗らかに笑いかける。
(多分・・・今の顔が、彼女本来の、顔なんだろうな・・・・)
 一瞬、哀しそうな表情が目の辺りをかすめたが、そのまま、貞子の手を取る。
「ほら、じゃあ、あっちがバスルームだから・・・・」
「え、あの・・・その。」
 貞子は、おどおどしているうちに、脱衣所に押し込まれてしまった。
 木崎のアパートは、作りは古いせいだろうか、ユニットバスではなくて、ちゃんと
トイレとバスルームが別々にしてある上、脱衣所もついている。
「使い方、ちょっと難しいかな?」
 木崎は、お湯を出してみて、適温になるのを確かめてから、貞子に簡単に使い方を
教える。


「ここが蛇口、ここで温度の調整。こっちがシャワー切り替えね。これ、シャンプーと
リンスと石鹸。」
「え、あ、どうも・・・・」
 つい、お礼を言ってしまう貞子。
「えーと、脱いだものは、洗濯機に入れておいて。入っている間に洗っちゃうから。
うーん・・・乾くまでは、俺のシャツしかないけど、我慢して。」
 脱衣所のかごに、きちんと畳まれた白いシャツと、バスタオルを二枚置くと、
木崎は手を振って、脱衣所のカーテンを閉めて、出ていってしまった。

 脱衣所に残された貞子は、数秒の間、ぽかんとしていたが、しばらく考え込んだあと、
それまで着ていたワンピースを、するりとすべりおとした。
 黒い髪と、対照的に、抜けるような白い肌が、あらわになる。全体的に細身だが、
胸や腰の辺りは、意外にも、女性らしい豊かな曲線を描いている。
 生前、気に入っていたワンピースだったが、すそはすり切れ、血や土の汚れがしみこんで、
改めてみてみると、少しかなしくなってしまった。
(わたし・・・何してるんだろう・・・・)
 そっとため息をつくと、呪い殺すはずの対象が用意してくれた、バスルームに入る。
 たっぷりとした熱いお湯が流れ落ちてくるシャワーの下に、その白い身体をさらすと、
気持ちよさのあまり、貞子の口からほうっとため息が流れ出た。

10
 どれぐらいぶりに、温かいお湯を浴びただろう。
 あの、冷たい井戸の底。奪われていく体温。ふり仰ぐ、遥か高い場所にある、空を丸く
切り取った井戸の口。上ろうとあがいて、そのたびに失敗して・・・皮膚がめくれ、爪まで
割れた指先・・・・
 自分が、泣いていることに気づいて、そっと涙を拭う貞子。頭も、熱いシャワーの流れに
さらして、顔を上げてお湯を受ける。
(あのひと・・・なんで、こんなに、よくしてくれるんだろう・・・・)
(私がお風呂に入っている間に、逃げちゃうつもりかな・・・・)
(それでもいいや・・・そのほうが・・・・)
 そして、受け取ったシャンプーのポンプを押して、
 貞子は、思わず絶叫した。

「痛っあああああああ!!!」
 バスルームから響いてきた絶叫に、寝転がってニュースを見ていた木崎は、思わず
跳ね起きて、バスルームに駆け込んだ。
「貞子さん!?」
「うぅうう・・・痛い・・・・」
 バスルームの中では、貞子が、半泣きで、シャワーで両手を洗っていた。

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「ど、どうした!?」
「ごめんなさい、シャンプーが指に染みただけです・・・・」
 考え事をしていたせいか、傷だらけで爪まで割れていた指先で、シャンプーに触れて
しまったらしい。
 ほっとした木崎は、目の前で貞子の白い裸体が、無防備にさらされていることを知って、
ぐるんと後ろを向いた。
「ご、ごめん!」
「・・・?」
「あ、あの、すぐでてくから!」
「木崎さん、どうしたんです?」
 貞子は、不思議そうにちょっと首をかしげて、それから、今度は貞子のほうが笑い出した。
「木崎さん・・・私は、貴方の、命を奪いに来たんですよ?その裸をちょっと見たぐらいで、
なんで謝るんです?」
「なんで、って、その、いや・・・」 
 自身の死すら、のんびりと受け止めていた木崎が、自分の裸を見たぐらいでしどろもどろ
になっているのが楽しくて、貞子は、もうちょっとだけいじめてみたくなった。
「木崎さん、少し、お願いがあるんですけど・・・・」
「な、なに?」
「髪を洗うのを、手伝ってくれませんか?」

12
「な、な、何言うんですか!!」
 ぐるんと反射的に振り返って、身体を隠しもせずに微笑む貞子の視線にぶつかって、さらに
もう一度ぐるんと背を向ける木崎。
 貞子は、思わず微笑んでしまった。
 貞子も、一応、年齢的には年頃の少女である。顔立ちはかなり整っている上、自分に優しく
してくれた木崎が、自分の裸で平常心を失っているのは、かなり、楽しかった。
「・・・・いえ、いいんです。そうですよね。呪い殺しに来た亡霊の身分で、あなたにそんなこと、
頼むなんて身の程知らずですよね・・・・本当に久しぶりに、お風呂に入れてもらって・・・髪を
洗えるのも、久しぶりだから、つい、贅沢を・・・・」
「いや、あの、貞子さん・・・」
 貞子は、少し悪のりしたのか、うつむいて、ちょっと顔を振ってみせる。
「自分の髪が、もう一度、さらさらになって・・・いい匂いをさせられるなんて、とんでもない
たかのぞみでしたよね・・・」
「わかりました、わかりましたから!」
 木崎の答えに、貞子は、ちょっとだけか視線をあげて、上目遣いに木崎を見つめる。
「・・・本当ですか?」
(・・・可愛い・・・)
「はい・・・でも、ちゃんと、隠して下さいね!」
 貞子は、今気がついたように、小さなタオルで身体を隠すと、くすりと笑った。

13
(あったかい・・・)
 少し熱い湯加減の、温かいお湯が、ゆっくりと髪を、頭を、そして顔を、身体を、
流れ落ちていく。そして、決めの細かな泡が、たっぷりと貞子の頭を覆い始めた。
「痛かったら、言って下さいね。」
「いいえ・・・とても・・・気持ちいいです・・・・」
 ため息のような貞子の声に、思わずびくっとする木崎。ショートパンツだけの姿になって、
貞子の背中側から、その髪を洗っていた。
 女性の髪など洗ったことはないので、おっかなびっくり、髪を洗っている。
 十分に泡を立ててから、頭皮をマッサージするように頭全体を洗い、それから、
背中まで届く長い、艶のある黒髪を、絡まないように洗っていく。
「流しますよ。」
「はい。」
 シャワーで、泡が残らない用にすすいでいく。
 貞子は、リンスも木崎にやってほしいとねだったので、木崎は、またおそるおそる、
貞子の髪をリンスしていった。
「はい、おしまいです。」
 もう一度、すすぎ終えて、バスタオルをふわりとかぶせる。そして、先ほどのように、
丁寧に、顔と頭を拭いていく。
「はあ・・・本当に・・・本当に、気持ちよかったですぅ・・・」
「そこまで喜んでもらえて、こっちも良かった。」
 いそいそとバスルームを出ようとする木崎のショートパンツの裾を、白い手がつかんでいた。
「・・・なに?」
「お風呂は、一緒には、入ってくれないんですか?」
「な、な、なにいってるんですか!!!」
「木崎さんとなら、嫌じゃ、ないですけど・・・・」
 木崎は、最後まで聞かないで、そのままバスルームから脱出していった。
 貞子は、本当に久しぶりに、声を立てて笑うと、嬉しそうに、たっぷりとした熱いお湯に、
白い裸体を沈めて、歓喜のため息をそっと吐き出した。

                               つづく

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第二部に続く
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