37

・・・貞子の、「呪い」が、一段落して。

 とりあえずお風呂に入り直して、湯上がりに、なんとはなしに、
晩酌をして・・・
 そして、疲れ切った二人は、カーペットの上で、眠り込んでしまった。

 最初は、少し離れた場所だったのが、母猫にすり寄って
眠る子猫のように、貞子は、木崎の懐に滑り込んで、
 自分ごと木崎に毛布を掛けると、丸くなって、安心しきって眠った。

 目を覚まして、また、明るく挨拶をする貞子を見て、木崎は、
まあ、いいか、と、あっさり覚悟を決めた。

 まだ、使い切っていない保険の残りが、けっこう潤沢にあった。
二人で、町に買い物に出た。
 貞子は、綺麗に洗濯をして、別物のようにきれいになったワンピース
・・・ほつれは、木崎が器用に繕ってくれた・・・に、薄手のサマー
セーターを羽織って、木崎のスニーカーを借りて、嬉しそうに、
跳ねるように歩いていた。

38
 いろいろな店を冷やかして、いろいろなものを買い込んで、
帰りにはファミリーレストランによって、食事にした。
 木崎があきれるぐらいの量のハンバーグを、貞子は綺麗に
平らげて、デザートのアイスクリームも、メニューの端から制覇していった。
「あの、あの、木崎さん、この、プリンアラモードって・・・」
「・・・まだ、入るのか・・・いや、いいよ。食べて食べて。」
「ありがとうございます!ええと、ええと、呪い、もっと頑張りますから!」
「いや、それは・・・」

 数日・・・・
 貞子は、木崎が買ってくれた、服と、アクセサリーを、誇らしそうに
身につけて、木崎と出かけた。
 休日の、まだ朝早い時間に、少し遠い公園に散歩に行った。
 博物館に寄って、プラネタリウムに、目を奪われた。
「・・・中学生からの、夢でさ。女友達と一緒に、プラネタリウムを
 見てみたいって・・・」
 恥ずかしそうに、にやっと笑う木崎。貞子は、幸せそうに笑い返した。

39

 数日・・・
 部屋に、貞子の居場所が、すでに、できていた。
 低反発クッションのソファーと、壁にぴったりくっつけた、座卓。
昔、木崎がパソコンデスクにしていたものだが、現在は、貞子の
私物に占領されていた。手鏡や、マンガ本や、二人で行った公園で拾った
綺麗な石などが、大事そうにならべてあった。
 二人でいろいろなところへ行き、向かい合って食事を楽しんで、
夜は貞子の主張する「遅効性の呪い」。
 そのあと、何も考えずに、一つの毛布にくるまって、眠った。
とても贅沢な眠りから、目を覚ますたびに、貞子は、元気な挨拶を
するのが日課だった。
「おはようございます。今日も、頑張って呪います!」

 二人で、沖縄に、2泊3日で旅行に行った。
 現地の霊能者に、ふしんげな視線を向けられてあわてて逃げたり、
 ビーチで、通りがかった観光客の娘に木崎が逆ナンパされて、
髪の毛を逆立ててじりじり進む貞子を、必死に抑えたりもした。
 おみやげで買った翡翠のシーサーに、貞子が苦んだりもした。

40

二人で、いろいろなものを見て、
二人で、いろいろな場所に行って、
二人で、いろいろなものを食べて、
二人で、
二人で・・・・・

数日。
数日。

そして、数週間・・・・
そして、また、数週間・・・・

41

 二人の思い出が、たくさん、たくさん詰まった、木崎の部屋。
 二人でくっついてみたTV。
 木崎の仕事用のパソコンデスク。
 時々、並んで料理を作った小さなキッチン。
 かつての二倍の量を貯蔵することになった冷蔵庫。
 二人で行った旅行のおみやげ。
 貞子のお気に入りのクッションと、大事なものをたくさん詰め込んだ座卓。

 そして・・・・
 何度も二人で抱き合って眠った布団に、いまは、体重が3分の2にまで
減ってしまった木崎がよこたわり、それでも、満足そうに、笑っていた。
 本来であれば、病院の、治療室から一歩も出られない状態である。
 貞子と出会ってから、一度も、病院には行っていない。
「小康状態が続いている」
 と、連絡だけはしてある。

42
 鎮痛剤は多めにもらっていたため、痛みが少ないのがありがたかった。
 眼に、一杯に涙をためた、貞子が、すっかり細くなってしまった木崎
の右手を、しっかりと握っている。
 木崎は、弱々しく微笑むと、言葉を絞り出した。
「ごめんね・・・貞子さん。呪い殺して、もらうはずだったのに・・・
 俺の命、貞子さんにあげる前に、期限切れみたいだ・・・」
 貞子は、大きな涙を、ぽたぽたとこぼして、力一杯、首を振った。
「違います。木崎さんは、病気で死ぬんじゃないんです。
 私が呪って、そのせいで、死んじゃうんです!
 木崎さんの命は、私が奪い取ったんですよ。」
 木崎は、満足そうに微笑んだ。
「うん、俺も、そっちのほうが、いいな・・・
 呪いの痛みって、モルヒネで抑えられるもんだとは、思わなかったけど・・・」
 死の至近にあっても、陽気さをにじませる口調で言う。貞子も、泣き笑いの
表情を浮かべる。
「どちらにしても・・・そろそろ、時間みたいだね。」
 優しい口調の、残酷な宣告に、貞子が、両手を握りしめる。
「貞子さん・・・本当に・・・本当に、ありがとう。」
「木崎さん・・・」

43
「俺の、人生の・・・最期で・・・・
 とても・・・とても・・・贅沢な時間を・・・・
 貞子さんに、もらった・・・」
「いいえ!いいえ!わたし、わたし・・・」
 かすれる声を、静かに続ける木崎。
「あと・・・ごめんね。
 勝手に・・・歓迎して・・・一緒に・・・くらして・・・
 なのに・・・もうすぐ、勝手に、居なくなる・・・・」
「そんなこと!そんなこと・・・わたし、わたし、とっても、
嬉しくて、幸せでした!!思い出すだけで、ずっと、ずっと、
幸せになれるくらい・・・・」
 あとは、声にならない貞子の手を、優しく握りかえして、
木崎は、笑いかけた。
「・・・最期・・の、お願い。あの・・・CD、かけて、くれる?」
「・・・は、はい・・・」
 貞子は、身体をひねって、木崎のオーディオの電源を入れて、
入れっぱなしにしてある、木崎のお気に入りのCDを再生した。

44
 木崎がとても好きだった、どこか懐かしい印象の、綺麗なピアノ
のメロディーと、柔らかな女性の、切ない歌声が、二人の部屋を
優しく満たした。

・・・誰もが 気づかぬうちに 何かを失っている
   ふと気づけば あなたは いない
   思い出だけを 残して・・・

・・・せわしい時の中 言葉を 失った 人形達のように
   街角に溢れた 野良猫のように
   声にならない 叫びが 聞こえてくる・・・

 木崎が、口元を微笑ませると、心底満足そうに、大きく息をついた。


・・・もしも もう一度 あなたに 会えるなら
   たった一言 伝えたい
   「ありがとう」 ・・・・

 そして、そのまま、彼の呼吸は、その活動を、静かに終えた。
 貞子が、不安に駆られて、その手を握りしめる。
 いつもは、優しい力で握り替えしてくれるその手は、するりと
 滑り落ちた。

45
・・・時には 傷つけ合っても あなたを 感じて居たい
   思い出は せめてもの なぐさめ 
   いつまでも あなたは ここにいる・・・・

・・・もしも もう一度 あなたに 会えるなら
   たった一言 伝えたい
   「ありがとう」 ・・・・

 目の前の事態を拒否するには、貞子は、慣れすぎてしまっていた。
「死」というものに。
「殺人」というものに。
 どんなに泣いても、呼んでも、叫んでも・・・・
 目の前にいる、その人は、答えてくれない。
 どんなに、優しく笑っていても、まだ、その手が温かくても。
 木崎は、もう、こたえてくれない。


46
 それでも、貞子は、泣いた。
 泣いて、泣いて、泣いて、胸が空っぽになるまで、号泣した。
自分という存在が、眼から全部流れ出してしまうことを望むように、
ただ、泣きじゃくった。
 
 にんげんのこころを、思い出してしまった貞子は、怖くて、恐ろしくて、
悲しくて、仕方がなかった。
 有無を言わせぬ強さで、実感してしまったのである。
「自分」が、「自分のわがまま」で、いままで「殺して」きた人たちにも。
間違いなく、こんな、大切な人たちがいた。
また、他の人たちにとって、間違いなく、こんな、大切な人だった。
 どんな理由があっても、それは、「自分のわがまま」でしかない。
「自分のわがまま」で、こんな、こんなにひどいことを、たくさん、たくさんの
人たちに、押しつけてしまった。

 だから、貞子は、泣いた。
 泣いて、泣いて、泣いて、胸が空っぽになるまで、号泣した。
 いっそ、このまま、消滅できれば、どんなにいいだろう。
 でも、そんなことは、許されない。
 許されるはずがない。
 一人だけ・・・一人だけ、気にしないでくれていた人は、いま、
目の前で、手の中で、消えてしまった。

47
 静かな曲に満たされた部屋の中で、どれだけ、泣いていただろう。
 どれだけ、時間が過ぎただろう。
 貞子は、そのまま、その意識が、闇の中に、少しずつ、とけていった。

・・・もしも もう一度 あなたに 会えるなら
   たった 一言 伝えたい
   もしも もう一度 あなたに 会えるなら 
   たった 一言 伝えたい

   ありがとう
   ありがとう・・・・

 自分という存在が、消滅することが許されたのなら。
 最期の意識は、感謝だったら、嬉しい。
 自分の行動を、気づかせてくれた。
 自分に、笑いかけてくれた。
 いろいろなものをくれた・・・

 闇の中に落ちていく意識の中で、
 一生懸命、貞子は、想い続けた。

・・ありがとう

  ありがとう・・・・

                     



48



 不意に、とん、と肩に手を置かれた。
「・・・・・」
(やっと、消えられるんです。邪魔しないでください・・・)
「あの。」
「・・・・・」
「あの、貞子さん・・・」
「邪魔しないでください、木崎さん。もう少しなんです。」
「いや、だからね・・・・」
「邪魔しないでください・・・って・・・」
 ばっ、と顔を上げる貞子。
「き・・・木崎さんっ!?」
 反射的に、布団の中を見る。穏やかに微笑を浮かべた木崎の遺体は、
たしかに、そこにあった。
 そして、自分の肩に手を置いている木崎は、初めてあったころ・・・
いや、そのころより、ずっと健康そうで、いつもの、陽気な笑いを
浮かべていた。
「駄目だよ、貞子さん。電話しておいてって、言ったじゃない。」
「木崎さん・・・なんで?」

49
 まだ、目の前の事態が飲み込めないらしい貞子に、苦笑する木崎。
「貞子さん・・・貞子さん、自分は何か、理解してる?」
「なにかって・・・あああっ!!」
 自分は、怨霊で、亡霊で、幽霊だ。
 じゃあ、じゃあ、この、目の前の木崎は・・・
「そ、俺も、幽霊になったみたい。」
「・・・そんな・・・」
「いやいや、一応、(上)には行ったんだけど。」

 木崎の話では、係の人(?)に聞いたところ、生前の行いが良かったのか
(募金や寄付が効いていたらしい)天国行きか、転生か、選ばせてもらえる
らしかった。
「あのー、それ以外の選択肢って、ありますか?」
「あるにはありますが・・・地獄とかに行きたいんですか?」
「いやいやいや、そうじゃなくて。こういうことなんですけど・・・」
「なるほどなるほど。
 ・・・まず滅多にないですけど。じゃあ、魂の修行扱いでOKしておきます。」
「お手数おかけしました。」


50
 木崎の選択肢は。
「貞子と一緒にいること。」

「な、なんで、そんな・・・」
「貞子さん、さっき、泣いてたよね。
 つらくて、悲しくて、怖くて、たまらなかったんでしょ?」
 貞子は、童女のように、こっくりとうなずく。
「じゃあさ、償おうよ。罪が、あるなら。」
 あっさりとそういって、微笑んだ。
「つ・・・償うって・・・
 償ええるはず、無いじゃないですか!!何人、何人殺したと・・・
 何人殺したとおもってるんです!」
 木崎は、真っ白な歯を見せる。
「じゃあ、償いきれなくて良いよ。できる分だけ、ちょっとずつ
 やっていけばいいさ。そのうち、殺されちゃった人が根気負けするぐらい、
 ゆっくり、ゆっくり。
 それでも償いきれなかったら、俺が、半分しょってあげるから。」
 照れくさそうに笑う木崎。
「・・・木崎、さん・・・」
「貞子さんのお手伝いをすると、俺の修行扱いで、評価もアップするらしいし。
 それに、下界に心残りがあると、天国って、入れないんだって。
 だから、別に貞子さんのためだけじゃないから、気にしないで。」

51
 そこで、そっと、座り込んでいる貞子に、手をさしのべた。
 二人の出会いの、その、一番最初の時のように。
 おそるおそる、手を伸ばした貞子は、引き起こしてもらうと、その手を、両手で、
ためらいがちに握りしめた。
 ・・・自分の手の中から滑り落ちた、木崎の、手の感触・・・
 悲しい記憶を拭き取るように、木崎は、ぐっと、その手を握りかえしてくれた。

 ・・・木崎さん・・・
 ・・・木崎さんだ・・・
 貞子の顔が、もうどうしようもなくくしゃくしゃになって、思い切り、木崎の胸に
飛び込んだ。

 だから、貞子は、泣いた。
 泣いて、泣いて、泣いて、胸が空っぽになるまで、号泣した。
 先ほどと違ったのは、自分を少し不器用に抱きしめてくれている腕があること。
 優しく、自分の背中を叩いてくれていること。
 自分の、償いきれるはずもない罪を、半分背負ってくれるといってくれていること。
 なんて、なんて贅沢なんだろう!

52
「・・・・まあ。せっかく、出会えたんだし。
 何にもできないけど、いっしょに居るぐらいはできるから。
 一人で、背負い込むこともないでしょ。」
 軽い口調に、鋼のような意志を乗せて、木崎は笑った。
「いっしょに、やってみよう。
 のんびり、のんびり。」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、貞子も、久しぶりに、心の底から笑顔を浮かべた。
「ええ、いっしょに。」

 生きていたときの後かたづけ。
 これからの、出発の準備。

 CDが流れ続ける部屋の中で、木崎は、自分の魂の器だった肉体に、軽く敬礼する。
(ご無体な扱い方ばっかりで、すまなかった・・・お疲れ!)

 数少ない知人たちへの手紙は、愛用のパソコンデスクの上に、生前の内に準備しておいた。

 貞子は、電話の受話器を取って、119番をプッシュして、そのまま、受話器をカーペットの
上に置いた。これで、しばらくすれば、救急隊員が、確認に来るはずだ。

53 
 貞子は、いままで、ほぼ数ヶ月を、二人きりで過ごした、大切な思い出の詰まった部屋を、
名残惜しげに見回している。木崎は、こちらもちょっと悲しげに、肩を叩いた。
「・・・生きている人たちの、世界のものだから。」
「ええ。持っていけないのは、悲しいけど・・・」
 この部屋も、思い出の詰まったいろいろなものも、これからの「旅」には、持って行けない。
 でも、「思い出」そのものは、両手一杯に持って行ける。
 二人は、少しの時間、「自分たちの部屋」と別れを惜しんだ。

・・・誰もが気づかぬうちに 何かを失っている
   ふと気づけば あなたは いない
   思い出だけを 残して

   せわしい時の中 言葉を 失った 人形達のように
   街角に溢れた 野良猫のように
   声にならない 叫びが 聞こえてくる

   もしも もう一度 あなたに 会えるなら
   たった一言 伝えたい
   「ありがとう」・・・・

 部屋を満たす、切ない、優しい歌に混じって、
 遠く、サイレンの音が、近づいてくる。
 貞子が、無言のままで、手を、差し出した。
 木崎は、その手を、こちらも無言のまま、笑顔でつなぐ。
「さて・・・まずは、どこに行く?」
「じゃあ、ここに、行きたいです・・・」

54
・・・時には 傷つけ合っても あなたを 感じて居たい
   思い出は せめてもの なぐさめ 
   いつまでも あなたは ここにいる

   もしも もう一度 あなたに 会えるなら
   たった一言 伝えたい
   「ありがとう」 ・・・・


 奇妙な縁の二人は、それぞれ、「自分たちの部屋」に、いろいろな
思いを込めて一礼すると、生前のときのように、ドアを開けて、
長い長い、旅へと出かけた。

 オーディオが、そっと閉まる扉へ、別れを告げていた。


55

・・・もしも もう一度 あなたに 会えるなら
   たった 一言 伝えたい
   もしも もう一度 あなたに 会えるなら 
   たった 一言 伝えたい

  ありがとう
  ありがとう

   時には 傷つけ合っても あなたを 感じてたい ・・・



                      「いっしょに」
                           完

                      2004 あのじ




 KOKIA 「ありがとう」


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